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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)6604号 判決

原告

尾崎宏

右訴訟代理人弁護士

齊藤則之

被告

水野弘吉

水野裕美

水野澄枝

右被告ら訴訟代理人弁護士

村上直

主文

一  被告らは、別紙物件目録記載一の土地の別紙図面(二)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の各点を順次直線で結んだ線上に存在するブロック塀を撤去せよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、中野区中央二丁目一二九番の七所在宅地一八一・六八平方メートル(以下「原告土地」という。)及び同地上の建物を各所有し、同所に居住している。

被告水野弘吉(以下「被告弘吉」という。)は、原告土地に隣接する別紙物件目録記載一の土地(以下「被告土地」という。)を所有し、同水野裕美、同水野澄枝は同土地上に同目録記載二の建物をそれぞれ持分二分の一で共有し、被告ら三名は同所に居住している。

右各土地は、もと同所一二九番の土地(従前の所在表示、中野区塔の山町三四番地)から分筆されたもので、又、同じく旧中野区塔の山三四番地から分筆された同番二六の土地を訴外金子実が、同番八の土地を同草野孝平が各所有し、いずれも同土地上に建物を所有している。

右四筆の土地の位置関係及び形状は、別紙図面(一)のとおりである。

原告土地の北東寄りの北西部分及び金子実の土地の西南寄りの北西部分それぞれ幅員一・一二五メートル、長さ一六・三〇メートルの土地をもつて私道(以下「本件私道」という。)が設置されていて、その私道の北西端が公道に接している。

本件私道(幅員二・二五メートル)及びその西南側に接する被告土地の北東部分並びに北東側に接する草野孝平所有土地西南部分それぞれ幅員〇・八七五メートルの各土地をもつて、幅員四メートル、長さ一六・三メートルの道路(以下「本件指定道路」という。)とする旨の道路位置指定処分(以下「本件道路位置指定」という。)が、昭和三〇年四月七日付でなされ同月二五日告示された。

2  昭和三〇年三月二二日当日、被告土地は訴外水野とみが、原告土地は訴外横田光枝が一二九番八の土地は草野孝平が、一二九番二六の土地は金子実が各所有していた。

水野とみは、昭和三〇年三月二二日、本件道路位置指定の申請をなしたが、右申請に際し、同人は、道路敷予定地の所有者である右横田光枝、金子実、草野孝平の各承諾を得ると共に、本件道路位置指定処分がなされることを条件に、同人ら及びその承継人に対し、本件道路位置指定に基づく道路(本件指定道路)の中心線から北東方向及び西南方向へ各二メートル後退した地点を道路と各隣接地との境界とする、本件指定道路内には一切の工作物を設置しない旨を約した。

3  原告土地の所有権はその後、横田光枝から竹永スエコ、同人の相続人、原告へ順次承継された。

4  水野とみは昭和五五年六月七日死亡した。右死亡に伴い被告ら三名は水野とみの相続人として、同人が右第三項の約定により横田光枝らに対して負担した債務を承継した。

5  被告らは、昭和五七年三月二〇日ころ、本件指定道路内である原告土地と被告土地の境界線上に、別紙図面(二)記載のとおりのブロック塀(以下「本件ブロック塀」という。)を築造し、原告の本件指定道路内の通行の自由を妨害している。

6  よつて、原告は被告に対し、右第二項の約定に基づき若しくは本件指定道路の通行の自由の侵害を理由に、本件ブロック塀の撤去を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は否認する。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4の事実のうち、水野とみが昭和五五年六月七日に死亡した事実は認め、その余は否認する。

5  請求原因5の前段の事実は認めるが、通行妨害の事実は否認する。

6  請求原因6の主張は争う。被告は原告に対し何らの債務を負つていないし、又、本件指定道路の通行の自由から、本件ブロック塀の撤去請求権は発生しない。

三  抗弁

1  申請者の無能力

本件道路位置指定処分の申請者は、水野とみではなく訴外水野寛である。水野寛は、昭和三〇年三月二二日の本件道路位置指定申請(以下「本件申請」という。)の当時、精神分裂病であり行為能力を有しなかつた。従つて本件道路位置指定処分は無効である。

2  承諾の不存在

本件指定道路予定地の一部である被告土地は本件申請当時被告弘吉の所有であつた。また、当時被告土地上にあつた建物も被告弘吉の所有であつた。

本件申請は、指定道路予定地及び同道路予定地上の建物の所有者であつた被告弘吉、草野孝平、金子実の適法な承諾を欠いたままなされている。

3  申請書の不備

本件申請に係る承諾書には、道路予定地の所有者であつた横田光枝、草野孝平、金子実が土地使用権者と表示されており、土地所有者ではない水野寛が土地所有権者と表示されている。

4  道路位置指定を行なう特定行政庁は、道路位置指定処分が関係権利者の私権に重大な制限を加える制度であるところから、承諾権者の適格性、承諾の有無の確認について相当の注意を払い、可能な限度の実質的審査を行なうべきである。従つて、本件道路位置指定処分を行なつた特定行政庁である東京都知事は、道路位置指定を行なうに際し、承諾権者の適格性を審査するために、道路予定地の土地登記簿謄本及びその地上建物の建物登記簿謄本を提出させるか、他の方法で、右土地建物の所有関係を調査し、かつ、承諾の有無を確認するために、承諾権者の印鑑証明書の添付を求めるべきであつた。そしてこれを行なつていれば、容易に右2、3記載の瑕疵を発見することができた。

ところが、東京都知事は関係土地建物の所有関係の調査や承諾の確認をなさずに本件道路位置指定処分を行なつた。

このように本件道路位置指定処分は、特定行政庁が職務上当然に要求される程度の調査をすれば関係者の承諾を欠いた申請であること及び申請書に不備があることが容易に明らかとなるのにこれを看過した一見明白に誤認と認められる行政処分であり、明白な瑕疵のある行政処分として無効である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1、2の事実は不知。

2  抗弁3の事実は認める。

3  抗弁4は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因事実について

1  原告が、原告土地及び同地上の建物を各所有し、同所に居住していること、被告弘吉が原告土地に隣接する被告土地を所有し、被告裕美及び同澄枝が被告土地上に別紙物件目録記載二の建物をそれぞれ持分二分の一で共有し、被告ら三名が同所に居住していること、原告土地及び被告土地は、中野区中央二丁目一二九番の土地(従前の所在表示、中野区塔の山町三四番地)から分筆されたもので、又、同じく旧中野塔の山町三四番地から分筆された同番二六の土地を金子実が、同番八の土地を草野孝平が各所有し、それぞれ右土地上に建物を所有していること、右四筆の土地の位置関係及び形状が別紙図面(一)のとおりであること、原告土地の北東寄りの北西部分及び金子実の土地の西南寄りの北西部分それぞれ幅員一・一二五メートル(計二・二五メートル)、長さ一六・三〇メートルの土地をもつて本件私道が設置され、この私道の北西端が公道に接していること、本件私道(幅員二・二五メートル)及びその西南側に接する被告土地の北東部分並びに北東側に接する草野孝平所有土地の西南部分それぞれ幅員〇・八七五メートルの各土地をもつて、幅員四メートル、長さ一六・三メートルの道路とする旨の本件道路位置指定が昭和三〇年四月七日付でなされ同月二五日告示されたことについては、当事者間に争いがない。

2  被告土地が昭和三〇年三月二二日当時水野とみの所有であつたこと、本件申請の申請者が水野とみであつたこと、水野とみが本件申請に際し道路敷予定地の所有者である横田光枝、金子実、草野孝平から道路位置指定の承諾を得たこと、水野とみが同人ら及びその承継人に対し本件道路位置指定処分がなされることを条件に、本件指定道路の中心線から二メートル後退した地点を道路と各隣接地との境界とし、本件指定道路上に工作物を設置しない旨を約したことの各事実は、これを認めるに足りる証拠がない。

なお、被告土地が昭和三〇年三月二二日当時水野とみ所有であつたか否かの点については、〈証拠〉によれば、被告土地は、登記簿上、昭和二六年五月一日売買を原因として同月一一日受付で水野とみ名義に所有権移転登記が経由され、次いで昭和五五年六月七日相続を登記原因として同年一〇月一三日受付で被告弘吉に対する所有権移転登記が経由されている事実を認めることができるけれども、他方、〈証拠〉を総合すると、被告土地は、被告弘吉が、昭和二五年一月二六日、訴外宝仙寺から代金三万七五〇〇円、所有権移転時期昭和二五年四月末日の約で買受け、同被告が右代金を支払つた事実を認めることができ、この事実によれば、被告土地は被告弘吉が昭和二五年四月、訴外宝仙寺から売買により取得し、便宜母水野とみ名義の登記手続をなしたため同人死亡の際相続を原因として前記登記手続をなしたものと認められ、結局水野とみの所有であつたとは認め難く、この認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

3  原告土地の所有権が、本件道路位置指定後、横田光枝から竹永スエコ、同人の相続人、原告へ順次承継されたことについては、当事者間に争いがない。

4  水野とみが昭和五五年六月七日死亡した事実は当事者間に争いがない。しかしながら、水野とみが本件位置指定申請をなしたとの事実及び同人がその際横田光枝らに対し本件道路の利用等につき原告主張の債務を負担したとの事実を認めるに足りる証拠がないこと前述のとおりであるから、水野とみが死亡し被告らがその相続人であるからといつて、被告らが原告に対し本件道路の利用方法に関し債務を承継負担していることを認めることはできない。

5  被告ら三名が、昭和五七年三月二〇日ころ、本件指定道路内である原告土地と被告土地の境界線上に、本件ブロック塀を築造した事実については、当事者間に争いがない。

6 本件道路位置指定処分がなされそれが告示された事実は当事者間に争いがないから、被告らが建築基準法上の制約例えば指定を受けた道路内に建築物を建築してはならない制約(同法四四条)を受けていることは言うまでもない。又、被告らが本件ブロック塀を設置したこと及び本件指定道路の幅員が四メートルであること、本件ブロック塀は本件指定道路の中心線から西南方向へ一・一二五メートル寄つた場所付近に築造されていること、本件道路及び付近土地の位置関係、形状が別紙図面(一)のとおりであることは当事者間に争いがなく、右事実によれば、本件ブロック塀は本件指定道路の通行の妨げになつていることが認められ、これをくつがえすに足りる証拠はない。そこで、原告が通行の自由の侵害を理由に、その排除請求、すなわち本件ブロック塀の撤去請求をなしうるか否かについて検討するに、まず、建築基準法第四二条第一項第五号に定める道路は、当該道路に接する土地にあたる建物利用者の防災活動や災害避難に備えるため及び敷地及びその建物の効率的な利用、便益に資するため有効かつ安全な交通路の確保を図るために、道路法その他の公法によらず築造される私道であつてそのために私道ではあるけれども原則としてその道路内に建築物を建築してはならない等の制約を受け、通路指定を受けた道路については、原告をも含む一般人がその通行の自由を有し、道路敷土地の所有者といえども原則として右通行の自由を妨害してはならない義務を負うものである。しかしながら、他方、右道路は私権の対象でもあるから、右私道についての所有権者等の権利者がその道路の管理、保全のために道路の側壁等の工作物を設置する等の権限を有することも又当然である。以上の諸点を考え合わせれば指定道路上に構築された建築基準法違反等の工作物については、その工作物の形態、構造、それによる通行妨害の態様、工作物の除去を求める者の立場、他の通行手段の有無等の諸般の事情を勘案した結果その侵害態様が重大かつ継続のものである場合には、通行の自由の妨害に対する排除請求権によつて右工作物の除去を求めることができるとするのが相当である。

そこで本件を見るに、前記当事者間に争いがない事実及び前記認定の各事実によれば、本件指定道路の敷地は、原告土地、被告土地、金子実の土地、草野孝平の土地の四筆の土地の各一部から構成されており、原告も自己の土地を提供してそれ相当の出捐をなしていること、本件指定道路は、幅員四メートル、長さ一六・三メートルの袋地状道路であり、本道路を利用するのは右四筆土地上の建物居住者及び同所を訪れる者だけであること、原告は、原告土地が本件指定道路のみによつて公道に接しているため防災活動災害避難のためには本件指定道路を利用せざるを得ないこと、本件ブロック塀は本件道路の中心線から約一・一二五メートル西南の位置に本件道路の長さ一杯に構築されていること、本件ブロック塀は、その性質上取り壊さ

ぬかぎりは半永久的に同所に存在し移動することも容易ではない工作物であり、これが本件指定道路内にあるため、本件指定道路は、事実上、幅員四メートルの内の約三・一二五メートルしか利用できない状況にあり、緊急の場合に消防自動車等の緊急用車両が出入りし難いため、その結果、原告の財産権、生命、身体の安全が危機に晒される可能性があると共に、近隣への延焼による大火という公共の危険もまた生ずる恐れも考えられることの各事実が認められ、右認定事実によれば、本件ブロック塀による原告の利益に対する侵害は、重大かつ継続のものと言うことができる。

7  以上によれば、原告の、当事者間の契約及び相続による右契約上の債務の存在を理由とする本件ブロック塀の撤去請求は理由がないけれども、通行の自由の侵害を理由とする同撤去請求は理由がある。

二抗弁について

1  抗弁1(申請者の無能力)について

〈証拠〉によれば、本件道路位置指定処分の申請者は水野寛である事実が認められる。更に〈証拠〉によれば右水野寛が昭和三〇年三月二二日の本件申請当時、精神分裂病であつた事実も認められる。しかし、他方、〈証拠〉によれば、当時水野寛は、電々公社で現実に就労していたこと、家の改築を計画し建築業者と契約をしたこと、右改築のため勤務先である電々公社から金を借りようとしたことが認められ、この事実に照らして考えると、右認定の水野寛が精神分裂病であつた事実から、水野寛が本件申請当時行為能力を欠いていた事実を推認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。従つて、被告の抗弁1は採用できない。

2  抗弁2(承諾の不存在)について

前認定のとおり、被告土地は、本件申請当時、被告弘吉の所有であつた。そして、〈証拠〉を総合すると、被告土地上に本件申請当時被告弘吉所有の建物が存在していたことが認められる。又〈証拠〉を総合すれば、本件道路位置指定の申請は、西野仙吉が水野寛の依頼により行なつたものであるところ、その手順は、右西野が道路位置指定申請図を作成し同図案承諾者の欄の氏名等を記載した上で、当時道路予定地及びその地上建物の所有者であつた横田光枝、金子実、草野孝平宅へ赴き、この書面に右三名の印がないと被告土地における水野寛による増築が不可能である旨説明した上で、各記名の下に押印してくれるよう依頼し、横田光枝宅では横田光枝本人が、金子実宅ではその妻泰子が、草野孝平宅では草野孝平自身又はその妻がそれぞれ押印したこと、水野寛は被告らの同居家族であつて、寛が右西野に家屋の建築を依頼した際被告らは当初その計画には反対であつたが結局は寛の強い希望にまけて寛の希望どおりにさせることにし、既存建物を取り壊し材木の刻みの段階まで工事が進んだが、右工事に関しては寛が一切を計画立案して進めていたもので、被告弘吉は建築確認申請等にも全く関与していないことが認められ、右事実及び前記のとおり被告土地及び同土地上の建物の当時の所有者が被告弘吉であつた事実を総合すれば、本件道路位置指定申請の際、その道路敷予定地の所有者の一人である被告弘吉の承諾を欠いていることが認められるが草野孝平と金子実についてはその承諾の不存在を認めることはできず、右認定をくつがえすに足りる的確な証拠はない。

3  抗弁3(申請書の不備)について

本件申請に係る承諾書には、道路予定地の所有者であつた横田光枝、金子実、草野孝平が土地使用権者と表示されており、土地所有者ではない水野寛が土地所有者と表示されていることについては、当事者間に争いがない。

4  本件道路位置指定の効力について判断するに、本件道路位置指定は行政処分であり、行政行為は公定力を有するから、仮に取消事由が存しても取り消されない限りは一応有効と解されるけれども、当該行政処分が明白かつ重大な瑕疵を有する場合には右取消を待たなくても行政処分の無効を主張することも可能であると解されるので、本件道路位置指定にその処分を無効とする程に重大かつ明白な瑕疵が存するか否かの点につき検討するに、道路位置指定処分は関係権利者の私権に重大な制限を加える制度であるところから道路位置指定処分を行なう特定行政庁が承諾権の適格性、承諾の有無の確認について相当の注意を払うべきことは言うまでもないけれども、本件の場合、被告弘吉の承諾を欠いた点については、〈証拠〉を総合すれば、被告土地が本件申請当時、水野とみ名義となつていたことその地上建物が未登記建物であつたこと、申請名義人である水野寛は水野とみの息子で同居家族であつたことの各事実が認められ、これらの事実に照らせば、被告弘吉の承諾を欠いたことをもつて本件行政処分に明白な瑕疵があるとは言い難いし、申請書の不備の点については、なるほど右3記載のとおり申請書には土地所有者ではない寛が所有者と表示されている等の不備があるけれども、これをもつて本件行政処分に重大かつ明白な瑕疵があるとは認め難い。以上によれば、本件道路位置指定が重大かつ明白な瑕疵が存するため無効であるとの被告の抗弁は採用できない。

三結論

以上の次第で原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないからこれを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判官高橋祥子)

物件目録

一 中野区中央二丁目壱弐九番六

宅地 壱七七・七八平方メートル

二 前同所同番地六

家屋番号 壱弐九番六

木造スレート葺弐階建居宅 一棟

壱階 七参・九七平方メートル

弐階 四参・六〇平方メートル

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